つぶやき

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語りかけの違い

「はさみはこうやって人に渡すの。」

と、

「はさみは刃のこの部分が鋭くなっているでしょ、この刃が二つ重なるところで紙が切れるんだよね。それでこの刃は紙も切れるけど手も切れちゃうから気をつけようね。だから人に渡すときにははさみを閉じて、刃の方を自分が持って相手に渡せば危なくないでしょ。ほらこうね。
はさみを人に渡すときにはこうやって渡すんだよ。」
この違いの積み重ねは、とても大きいです。
日常生活全般の言葉を獲得していない子は、それだけの理由があります。なんでも発達の問題にするのは反対です。

いろいろな子育て

人生は戦いだと育てる人もいる
人生は冒険だと育てる人もいる
人生は苦しいものだと育てる人もいる
人生は楽しいものだと育てる人もいる
人生は死ぬまでの時間つぶしだと育てる人もいる

だから小さいころから勉強やスポーツで勝負にこだわって育てるやり方もあるし、子どもにとって未知なるものとの遭遇を一緒に楽しむ生き方もある。

満員電車に乗るのが耐えきれうに会社員をやめて起業した大企業の社長がいれば、じっと我慢で40年間満員電車に乗り続けた会社員もいる。

途中で違う道に進んだ人もいれば、生き続けることを体と心がやめてしまった人もいる。

自分自身がどう生きるか、子どもにどう生きてほしいのか。

お絵かき

最近、教室にいるときによく絵を描いています。(どんぐりの時もあります)
いろいろな子どもたちの反応に、
「お絵描きって楽しいから好きなんだ~」
とこたえています。
子どもたちも絵を描く事が好き。
でも、学校の県展の絵の話になると嫌な顔をして
「自由に描けないから嫌い」
という子が多いですね。
今日も最近入会した子に言われました。
あの酒井式の絵を楽しいと言った子はまだいないなぁ
賞をとって嬉しいという声は聞いたことがあります。でもそれは絵を描く楽しさとは違います。
絵は心を表すから、手順通りに同じ絵を描かせるのは、せめて小学校ではやめた方がいいですね。
習字とは違う。
  

 

飴と鞭

朝、寝間着のまま仮面ライダーの本を見ていた三男が、
「パパは何が好きだった?」
と聞くので、
『アマゾン! あ~ま~ぞ~ん!てやつ。』
と言うと、
「え~なにそれ。他には?」
と聞くので、
『ヒーローで? そうね~ ウルトラマンセブンは好きだったなぁ セブン~、セブン~、セブン~、セブン~、セブン!セブン!セブン!セブン!セブン!セブン!も~ろぼしたんの~名を借りて~…』
と、セブンの歌を熱唱したら、
「そんな歌い方じゃないでしょ(笑)」
と。
『ホントだよ(笑) じゃあ聞かせてあげようか?
着替えたらユーチューブで探してあげるよ』
と言うと、凄い勢いで着替えだしました。
普段から、「~したら~してもいいよ!」や「~しないと~出来ないよ!」や「~出来たら~あげる」というような飴と鞭、ご褒美を使わないようにしているので、その効果にビックリ(笑)
勉強とゲームの関係
勝負ごととご褒美の関係
成績とご褒美(罰)の関係
なるほどなと思いました。
やらんけど。

教育困難校の現実

小学校の単元テストも同じ。
中学校では塾が用意する。

「勉強力」が皆無な高校生の、ひどすぎる現実

「一夜漬け」さえしない生徒たち

12月に入るとクリスマスや年末年始のイベントと、世間は急に慌ただしくなる。一般受験を目指す受験生にとっては、最も嫌な時期だ。受験生ではなくても、2学期制を採用している高校の生徒を除いた高校生にとって、12月上旬は2学期末の期末試験の時期である。将来の進学を目指して、成績や学力を気にする高校生たちには、世間が浮足立つこの時期の試験準備は、誘惑に負けないように気持ちを強く持たなければならない厳しい試練となるが、「教育困難校」の生徒たちにとっては、普段の試験のときとまったく変わらない日々である。

高校生ともなれば、定期試験に向けて少なくとも1週間くらい前から、計画的に試験勉強をすると一般的には考えられているだろう。しかし、この高校生像は「教育困難校」の生徒には当てはまらない。試験前に試験勉強をすることを彼らに期待しては、失望するだけだ。スケジュールを立てて計画的に勉強するどころか、一夜漬けさえしない生徒もいる。

言うまでもなく、小学校・中学校でも試験は数多くある。学校では試験範囲を早めに教え、あらかじめ準備勉強をすることを促している。試験前に試験勉強の計画表を作らせ、担任に提出させる学校もある。教育熱心な家庭では、親がその勉強に付き合い、教えることもあるだろう。また、小学校・中学校の試験で得点をアップさせた実績を大々的にPRする学習塾も多く、特に中学生では定期試験前に、まるで上級学校の受験本番でもあるかのようにみっちりと勉強させる塾が保護者から人気を集める。このような経験を経て、試験に向けた勉強のスタイルは、高校生になるまでにおのずと身に付くはずだと考えられている。

だが、「教育困難校」に通う生徒たちには、小学生の頃から親と一緒に勉強したり、試験の結果を確認して、わからない点を理解できるように教えてもらった経験がない。生活に余裕のない親は、子どもが試験で悪い点を取っても、「だめじゃない」とか「次に頑張ればいいから」といった言葉をかけるだけである。もちろん、費用のかかる学習塾に通わせることもできない。当然ながら、子どもたちは勉強がわからず試験ができないということになる。学校でも家庭でも、できないところの手当てをしてもらえないため、勉強に苦手意識を持つようになるのだ。

苦手なことを克服する発想は皆無

「苦手なものを克服しよう」と努力できる人は、自己肯定感の強い、自分を頼む気持ちを持てる人だけだ。親からも手をかけられず、自己肯定感の低い子どもたちは、苦手なものから逃げて、それは大して価値のないものと思い込んで、自分を守ろうとする。かくして、勉強や試験に価値を置かない子どもたちが出来上がる。

小学校・中学校であまり学ぶことなく「教育困難校」に進学した生徒たちだが、彼らも定期試験で欠点、つまり赤点は取りたくない。その後の補習や追試験が面倒だし、場合によってはバイトのシフトを変えなければならないからだ。サービス業でバイトをしている生徒が多く、12月は雇用主にとってもバイト生にとっても書き入れ時で、放課後は目いっぱいバイトのシフトを入れている。そのため、生徒たちは赤点にならないスレスレのライン、20点台後半程度の得点はしたいと考えているのだ。そして、教師も生徒の追加指導に無駄な労力を使いたくないと、内心は思っている。

その両者の利害が一致したのが、「教育困難校」独特の慣習である「試験対策プリント」の存在だ。定期試験で出る内容をほぼ網羅した手作りプリントを生徒に配布するのである。試験前の授業で解答を説明するのはまだ良心的な教師で、試験前でも普段と変わらない生徒の状態に手間取って時間が足りなくなり、模範解答を配布するだけの教師もいる。そして、定期試験では「試験対策プリント」にある問題が、そのまま出題される。試験で求められることは問題の解答を考えることではなく、いかに「試験対策プリント」を覚えたかということなのだ。

筆者も、受験校から「教育困難校」と呼ばれる高校に赴任した当初は、そのようなプリントの存在を知らなかった。1学期の中間考査前のあるとき、担当している3年生のクラスで、ひとりの男子生徒が「試験対策プリントはないの?」と聞いてきた。それは何なのか問うと、「プリントがないと、俺ら点数取れないよ。ほかの先生に聞いてみなよ」と言われた。そこで、ほかの教員に聞いてみると、すべての教員が作成し使っていることがわかった。

その後、筆者も作成するようになったが、どんなに生徒に不評でも、100点満点の80点まではそのプリントから出題し、残りは試験範囲内で関連する問題にするというルールは崩さなかった。少しでも生徒に考えさせたいという、ほとんど無駄な試みではあったが。同じ高校生でも、定期試験の際、十分に準備勉強をしたうえで、教師がどんな問題を出すか予想問題を作って、その当たり外れを楽しむ高校生もいる。その一方で、教師と共犯で、定期試験のときでさえ自分で考えない、自分では準備ができない高校生もいる。

「学ぶ力」がなければ、どうしようもない

実は、筆者は受験偏差値のあまり高くない大学で学生を教えている。そこで、ほぼ毎年、高校時代の定期試験で試験勉強を行ったかを尋ねるアンケートを取っているのだが、試験勉強をまったくしていなかったと答える学生が、コンスタントに10%程度はいる。それで、大学に来ようとし、入れてしまうこと自体が驚きだが、その問題はまた別の機会に述べたい。さらに、試験勉強をしたと答えた学生に、どのような試験勉強を行ったかを尋ねると、「試験前夜か当日朝の電車の中で、対策プリントと教科書をひたすら暗記」「対策プリントをひたすら暗記」「プリントで試験に出そうなところをひたすら書き写す」といった、本来の試験勉強から懸け離れた回答が数多く見られる。

学んだことの中で、どこが大事かを自分で考えようとしない、試験の問題は教師が教えてくれると思い込んでいる高校生を迎える企業や上級学校は、さぞ指導に悩まれていることだろうと推察する。だが、彼らだけを責めないでほしい。大事な試験の準備さえ自主的にできないようになったのは、家庭や学校にも大きな責任があるからだ。

今後の社会では、考えられる人、主体的に学び続けられる人が求められると言われている。そして、そのような能力を持たない人々、つまり、現在の「教育困難校」の生徒たちは、社会の中で安定した場を持ちえない存在になると危惧される。彼らが学習に完全に背を向け試験勉強さえもしなくなる前に、何かしらの手が打たれるべきだったのだが、現実には彼らだけでなく、彼らの予備軍にも何らのフォローもなされていないようだ。

引用元:http://toyokeizai.net/articles/-/149043

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