つぶやき

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理解が大事


算数の指導要領の本文
には、

「理解」という言葉が120回
「考え・考える」という言葉が53回
「確実」という言葉が12回

呪文のように唱えられている は・か・せ で
「早く・速く」は0回
「簡単に」も0回
「正確に」も0回

当たり前だが、理解が大事ということ。

÷ という記号の意味をしっかり理解していれば、

1/2÷1/4=2って 先取りしていない小3でもわかる。

次男に試したら、上の考え方で答えました。

小4になって、

96÷6= で「九九に(6の段に96なんて)ない!」

400÷2= を「わかんない!」

分数の意味、小数の意味がわからない

みな、理解を伴わない大量の反復練習をしてきている。

先生が指導要領の通りに指導してくれたら、絶対に落ちこぼれていかない子たち。

勉強なんてできなくていいけど、「やっても無駄」「私は頭が悪い」「僕は勉強が出来ない」「どうせバカだから」で巣立っていく子たちが減るといいなぁって思います。

問題なのは、わり算をさらっと教えた後にやらせる、反射的に答えを出させる大量の演習ね。

九九     7×8=
穴あき九九  7×□=56
わり算    56÷7=

良かれと思って九九からやらせるんでしょうが、子どもたちがやっていることは全部 ”九九” の練習。

わり算なのにかけ算の練習をしている。

何百問、何千問、何万問もやらせたら、わり算の概念など残っていないって当然の事。

だから理解を伴わない演習問題など大量にさせてはいけないのね。
理解を伴っていればわずかな量でいい。

子どもはイライラせずに笑顔も消えないしね。

消しゴム

間違えたところは消しゴムでゴシゴシ消して、青字で正解を書き込んでおしまい(提出)。
この作業を大量に数年間繰り返してきた子たちの多くは、なにをどう間違えたのかを知ろうともせずに、反射的に消しゴムで自分の書いた答えとその過程(思考の流れと結果)を消します。

そして、どう考えたらよいのか、どうしたら正しい答えが出るのか、なぜその答えになるのかなど微塵も知ろうとはせず、正解だけを知りたがるようになります。

小4の後半~小5でその傾向が顕著にみられます。

提出がなければ、正解を写そうともしないでしょう。

実際、普通の塾をやっていた頃、中学生の多くが答え合わせすらしようとはしませんでした。(成績の良い子は当たり前のように答え合わせをするし、間違えたらそこで止まります)
答え合わせすらしようとしない子たちを相手にするには、何度も同じ説明をしてくれ、イメージ化できなくても絵図で解説もしてくれ、自動で答え合わせをしてくれるコンピュータは最高です。人件費もかかりません。

でも理解を深めてくれるような、考えさせるような、個別に対応した良質な会話や投げかけはしてくれませんし、記述式の答えを求める問題などそもそも入っていません。

間違えから学ばない。

失敗を恐れる。

過程を軽視する。

どんぐりは逆ですね。

『間違いはお宝』

失敗を恐れずにいろいろなことに挑戦してほしい。

失敗から学ぶ子になってほしい。

失敗は成功のもとだと理解してほしい。

失敗すら楽しんでほしい。

結果よりも過程を大事にしてほしい。

考える力を育てるという目標は同じでも、子どもへの関わり方が見事に正反対。

速く→ゆっくり

簡単に→回り道(試行錯誤)は大切

大量に→少量を

結果が大事→過程が大事

出来ることが大事→理解が大事

学校を否定する必要はありません。

先生を否定する必要もありません。

授業の内容を否定する必要もありません。

でも、その間違った習慣づけは否定しないと。

そういえば、以前教室に来ていた小学1年生に

「”失敗は成功のもと”だから一杯間違っていいんだよ」

と言ったら、

『あれはことわざでしょ?間違うのはバカだって先生も言ってるよ!それが普通でしょ!』

と言われました…。

学習性無力感

幼稚園の靴下について・・・

「どうして白じゃなきゃいけないの?」

と聞いた年長の三男。

良い疑問だ。

長男が中学校に通いだし、昔感じたいろいろな疑問がよみがえる。

どうして白じゃなきゃいけないのだろう。

どうして同じ制服を着なければいけないのだろう。

どうして女子はスカートなのだろう。

どうして好きな髪形をしてはいけないのだろう。

どうして女子は髪を束ねなければならないのだろう。

どうして同じカバンを持たなければならないのだろう。

どうして教科書を持ち帰らなければならないのだろう。

どうして成長期の子どもたちに過度の重い荷物を背負わすのだろう。

どうして尊敬に値しない大人に従わなければならないんだろう。

どうしてつまらない授業を聞かなければならないんだろう。

どうして先生には暴力が許されているんだろう。
(今は物理的には禁止されましたが、心理的には認められている)

どうして役に立たない暗号のような知識を覚えなければならないのだろう。

どうしてテストをしてその結果を順位にして渡すのだろう。

どうして学校に行かなければならないんだろう。

どうして教科書以外の事は学んではいけない(ように育てる)のだろう。

どうして良いところを認めずにダメなところを指摘するんだろう。

学習性無力感を味あわせなかったどんぐりっ子が、どう感じて育っていくのか楽しみ。

きっと私とは違う考え方をして、楽しんでいくことでしょう。

学習性無力感

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