6年間の悪癖

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中学生を預かっていた頃、近隣の中学校ではこのようなわら半紙の漢字練習用紙を配って、課題として定期テストまでに全部お手本通り書かせて提出させていました。

自習時間に練習をしていた子たちに向かって、

「この熟語どういう意味?」

と聞くと、知っているから答えられた子はいましたが、まぁ知らないだろうなという熟語は、全員わからないまま練習をしていました。

「先に意味を調べた方がいいんじゃない?」

というと、

『はぁ』

『それは言われていないんで。』

『それはやらなくていいことになってます。』

『そこまでは求められていないし。』

というような返事。

「でも、せっかく練習しても意味がないでしょう?」

としつこく言うと、

『じゃぁ(課題が仕上がって)時間が余ったら調べる』

もはや漢字の練習ではなく、提出しなければならないからやるというただの作業です。
この習慣はいつ身についたのでしょうか?

はい、ご想像の通り、小学校時代です。

漢字ドリルに書かれた熟語や文をそのまま書き写す練習を6年間やらされていますから。
読み方を知らない、意味も解らない、それでもノートに書いて提出すれば宿題としてOKになるのですから。

理不尽に強要された宿題で、誰が読み方を調べるしょう、意味を調べるでしょう、それを子どもに求めるのは酷です。

英単語も、ノートを埋めると加算ポイントがつくからとテスト勉強そっちのけでひたすら書いてノートを埋めている中学生に、

「(take) これって、なんて読むの? 意味も知ってる?」

と聞いたら、首を横に振りました。

自信なさそうに

『たけ?』

「読めないし、意味も解らない、で、今何してんの?」

『覚えてます。』

「何を?」

『これを』

コントの世界です。

でも、これを宿題バトルをしながら仕込んでいる訳です。

音読だってそうです。ゆっくり情景を思い浮かべながら読むならいい効果がありますが、早く終わらせたいからとささっと読むだけ。言葉からイメージを再現しないで浅く読む練習になっている。

高学年になると、やったことにして自分でサインをして提出するだけ。

計算ドリルも、ただの四則演算の繰り返し、隙あらば答えを写して楽をしようとする。
(ばかばかしいしマイナスだから頭の為には写した方がいいですけど)

勉強を、価値がない、ばかばかしい、ただの苦行にしている訳です。我が子を怒鳴りながら、叱りながら。

それで学校の勉強がわからなくなると、子どもの頭が悪い、やる気がない、理解力が低い、学習障害かもしれない、と子どものせいにする。

子どものせいではありませんね。

”宿題をさせないなんて・・・” という前に、その宿題が子どもにどういう刺激となり、どういう反応を示し、どういう習慣が身につくのか、考えたらいいと思います。

どんぐりは生理学、全て子どもの反応を元にして、子どもにとって良い事を発信している。
親が喜びそうな嘘やまやかしを言わないところが素晴らしくもあり、怪しくもあり、敷居が高いところでもある(笑)

でも、乗り越えたら親にも子にも最高です。

いちユーザーとしてそう思います。

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