違和感を持たない人たち

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どうせ小学校の授業で習うことを、遊ぶ時間や親子で語らう時間を削ってまで何学年も先まで何度も何度も繰り返し学習させる家庭。

テストの直前まで、授業時間や宿題を使ってテストの類題を繰り返しさせて良い点をとらせようとする学校。

誰々先生が、どの中学の何年生のいつのテストで出した問題か、そういった情報を集めて分析して、塾生に徹底的にテスト対策問題を解かせる塾。

私などは、病んでるなぁと思ったりしますが、そうなる仕組みも解りますしあまりにも周りが当たり前にやっているので、「子どものためになりませんよ」くらいしか言えません。
(ブログでは言ってますけど)

もちろん子どもはそれが当然と思って育ちます。

ますます違和感を持たない人が増えます。

違和感を持てない人は子どもが本来持っている力を信じることは難しいでしょう。


誰もが、漢字は一度も書かずに覚えられる、計算問題は多くても1日1問で宿題など一切させなくても、中学からは塾にいかなくても、がり勉しなくても勉強に困らないように育つ力を備えて生まれてきました。

信じる信じないのレベルではなく、知っているか知らないか、そう育てるか育てないかのレベルです。

「的中率抜群の定期テスト対策」という言葉を堂々と出している塾と喜ぶ親の関係は、「子育て」という視点を持たなければ『Win-Win』と言えるのかもしれませんが・・・

我々は子育てをしているのですよ。

どんぐりを勉強方法の一つ、よさそうな文章問題、そういう見方をして塾や学習教室、通信教育と比較するのは全くナンセンスです。比較するようなものではありません。(興味を持つきっかけとしてはそこからでいいと思いますが)

小学校教諭の仕事の本音

教育行政は、現場の意欲をなくすようなことばかりやる。
前の方も書いてるように、武器弾薬も補給せずに素手で戦えといっている旧日本軍と同じ。典型例が「英語」。英語をやることに決めたが英語を話せる外国人を雇うのは自治体に丸投げ。結局、担任が教える羽目になる。だったら文科省がDVDでも作って配布すればいいのに、ネットで配信するとか。それすらやらない。今度の指導要領改定で3年生まで英語が降りてくるが、人員も削減するらしいし、どうするつもりなんだろう。多分現場に丸投げ、負担がますます重くなることだろう。
・調査多すぎ
文科省や自治体の上の方々が現場の実態を見もせずに次々に新しい机上の作戦を立てる。そして「あれをやったか」「これをやったか」と調査が雨あられとやってくる。「チャレンジ100」とか「命のキャンペーン」とかどうでもいい活動に対して延々と答えなければならない。
・学力向上のウソ
全国学力テストの都道府県別順位が公開され、自治体は血眼になった。自治体のHPの片隅に類似問題が掲載され、「必ずやるように」と通達が来る。そして「やったか?」という調査。そうやって数字を押し上げている。数字が足りないと「ここが足りないから、次はこの分野の問題をやれ」と口うるさく言われる。
これって本来の教育のあり方なのか?
現場でこういうことが起きているのを、誰も告発しようとしない。日常茶飯事になり、教師たちの感覚は麻痺している。
教育界は汚物垂れ流しのドブのように腐っている。その臭いに慣れてしまっているのだ。

・勘違いしている残念な人
自分の指導が子どもを成長させていると勘違いしている人が多い。
子どもの成長は、バネを引っ張るのと同じである。バネを引っ張って、引っ張っている間は伸びているが手を離せば元に戻る。子どもの成長もこれと同じことで、所詮はその子の遺伝的性質やキャパシティーをどうにかできるものではない。
が、若いうちは中々これに気がつかない。だから多くの勘違い教師を生み出してしまう。

引用:http://honne.biz/jobPerma/q1010/9642/